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【一枚の古ぼけた色紙:八重樫茂生】日本サッカーを世界に導くために、身を捧げた‘’伝説のキャプテン‘’

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どれだけの人が

この名前を知っているだろう?

 

たとえ、サッカーファンだとしても

かなりのご年配でない限り

知る人はいないでしょう。

 

八重樫茂生(1933~2011)

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日本サッカーにとって

ワールドカップなんて、夢のまた夢だった頃、

 

日本を少しでも世界レベルに導くため

先頭に立って日本代表を引っ張り、

東京五輪(1964)ベスト8、

メキシコ五輪(1968)では銅メダルと、

日本代表主将としてゲームを牽引した、

 

‘’伝説のキャプテン‘’と呼ばれた男である。

 

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しかし、そのメキシコ五輪ではすべての試合で

ピッチに立ったわけではない。

 

初戦のナイジェリア戦で右ひざ内側じん帯を断裂、

2戦目からは、当然ピッチに立つことは出来ない。

 

それでも、八重樫はチームの為に

何かできるはずだと考えた。

 

そこで

八重樫が考え付いたことは、

 

試合後の全選手のユニフォームを

洗うということだった。

 

当時は、

今と違って各選手が各自のユニフォームを

自分で手洗いしていた時代、

八重樫は、松葉杖をつきながら、

全18人のユニフォームを一人で洗った。

 

若い代表選手が、手伝おうとすると

「お前の仕事は、次の試合のために休むことだ」

「早く、休め!」

と、怒鳴りつけたという。

 

常に、自分のことより、

日本サッカーのことを先に考えた

永遠のキャプテン、

 

八重樫茂生

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

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すっかり色褪せて

ボロボロになってしまったこの色紙は、

今から48年前、

今でいう、巡回サッカー教室のコーチとして

八重樫氏が鳥取を訪れた際、

頂いたものである。

 

鳥取市郊外にある、大型スポーツ施設が

まだ、何の形も成していないころの話です。

 

ただ、ボコボコした野っ原に、石灰で線が引かれ、

サッカーゴールがポツンと置いてあるだけ、

当然、観客スタンドなんかない。

 

当時、

私は高校2年生、

熱いサッカー小僧でした。

 

なぜ色紙を頂けたのか?

その時の状況もやり取りもすっかり記憶から

抜け落ちてしまったけど、

 

八重樫氏の、強い意志を感じさせる顔つきと

がっちりとした体躯だけは、

 

今でも脳裏に残っています。

・・・・・・・・・・

 

2018年、ロシア、熱狂のスタジアム。

 

八重樫にとって、

夢のまた夢だったワールドカップの舞台で

ピッチで躍動する日本代表選手たちの姿は、

今、空の上で見つめる彼に、どう映っているでしょうか?

 

www.tatsujin72.com

 

きっと、

 

永遠のキャプテン、八重樫茂生は、

身振り手振りを交え、大きな声で、

日本代表に激しいげきを飛ばしているに

違いありません・・・。

 

 

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