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達人の粋なゴルフスタイル

ゴルフは人生のようなもの 人生はスタイリッシュに

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ゴルフショー歌と70年代を彩った名プレーヤー達

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 覚えていますか?

きっと、若い人は知らないでしょうね、

こんな曲が、あったんですよ。

 

 1)

ターフでまじめなゴルファの皆さん

お目々もパットなキャディさんと(アスーイスイ)

いっしょにティなどいかがです

サンドウェッジをたべながら

ショットしたなら今日あたり(エエエエー)

人生ホールの19番     (アスーイスイ)

 

 2)

ローラボーっとチャコちゃんにしびれて

鷹巣なお金をこんで    (アスーイスイ)

尾崎にアプローチしたけれど

トレビの男にじゃまされて

河野やろうと寅さんが   (エエエエー)

青木な顔してふられ酒    (アスーイスイ)

 

 3)

会社さぼってゴルフへきてみりゃ

部長さんも彼女とプレイ中  (アスーイスイ)

あわてたひょうしにミスショット

球は部長さんにはねかえり

チョロッとお連れのスカートへ (エエエエー)

ブラックシャフトが泣いてます (アスーイスイ)

 

 4)

小さなボールにバンカーにされても

石井、石井、村上しないでよ  (アスーイスイ)

どんなにラーフが深くても

使っちゃいけない手の五番

負けてもニコニコ ニクラウス  (エエエエー)

いかした安田といわれたい    (アスーイスイ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

1975年発売の小林旭「ゴルフ・ショー歌」です。

作詞、星野哲郎、作曲、叶弦大 

 

1970年代は、ポップス歌謡曲の黄金時代、

南沙織小柳ルミ子天地真理や、

西城秀樹郷ひろみ野口五郎新御三家が活躍し

後半には、ピンクレディーがヒット曲を連発させて

いた時代です。

 

星野哲郎は、いまや戦後の日本歌謡界を代表する

作詞家の一人ですし、

叶弦大は、現在、日本作曲家協会長です。

40年前には、こういった曲も作っていたんですね。

 

歌詞に織り込まれているゴルファーの

名前を見れば、その当時のゴルフ界が偲ばれて非常に興味深い。

次にそのゴルファーたちについて・・調べてみました。

           ↓ 

・ローラ・ボー

 その可憐な美しさから「フェアウェイの妖精」と呼ばれ

 日本での人気は抜群、多くの番組やCMに出演、

 ミニスカート姿のカレンダーも有名でした。

 

樋口久子

 男女通じての、アジア出身選手初のLPGAメジャー優勝者。

 通算優勝数(日本ツアー69勝、LPGA2勝、その他2勝)は、日本歴代最多、

 2003年には、日本人初の世界ゴルフ殿堂入りを果たした。

 

鷹巣南雄(タカスミナオ)

 中学は、青木功と同期の千葉県、我孫子ゴルフ倶楽部育ち

 通算5勝だが、ショットのキレ味に定評があった。

 レギュラーとシニア両ツアーの選手会長も務めたこともある。

 

・杉本英世

 大柄な体躯を活かしたスケールの大きいゴルフで、「ビッグ・スギ」

 と呼ばれた。国内14勝、海外3勝、1967年に、日本人プロとして

 初めてPGAツアーのライセンスを取得、単身で転戦、1967、1968年に

 マスターズ出場。

 

尾崎将司(ジャンボ・尾崎)

 いわずとしれた日本ゴルフ界の超スーパースター。

 通算勝利113勝は、世界プロツアー最多記録。

 

・リー・トレビノ

 フェード打ちの名人で、陽気な性格、ショーマンシップで

 人気を博した。1970年代には、ジャック・ニクラウス

 最大のライバルといわれ、メジャー6勝、PGAツアー29勝、

 その他60勝をあげた。

 

・河野高明

 小柄だが、正確無比なゴルフで、ビッグ・スギに対抗して

 「リトル・コーノ」と呼ばれた

 1969~1973まで、5年連続マスターズ出場している

 1970年には、自己最高の12位となった

 

中村寅吉

「寅さん」の愛称で親しまれ、1957年、日本で開催された

 カナダカップ(霞が関カントリークラブ)で、

 小野光一と共に日本代表として出場、

 団体戦優勝、中村自身も個人戦に優勝する。

 このことが、日本のゴルフ発展の導火線となった。

 樋口久子の師匠としても有名である。

 

青木功

 通算78勝、尾崎将司と並ぶ、スーパースターである

 1983年には、日本人初のPGAツアーで、優勝を果たした

 (ハワイアン・オープン:当時)

 

・石井朝夫(イシイトモオ)

 理論派プロとして知られ、40歳になってから実力を開花させた

 レギュラーツアー9勝、海外4勝、シニアツアー21勝

 1964年から3年連続で、マスターズ出場を果たしている

 

石井裕

 レギュラーツアー10勝、シニアツアー14勝

 寡黙なプレー、ステディーなゴルフで、玄人受けする

 渋いゴルファーだった。65歳で早逝したのは残念だ。

 

村上隆

 通算勝利は11と多くはないが、「公式戦男」と呼ばれ

 1975年には、日本マッチプレー、日本プロ、日本オープン

 日本シリーズと、「日本」の名を冠した4大タイトルを

 独占した。マスターズにも、2回出場している。

 

ジャック・ニクラウス

 1960年代から1990年代にかけて活躍し、その圧倒的な

 強さと、トレードマークの金髪により、「ゴールデンベア

 と、称され、日本では、「帝王」と呼ばれ、史上最高の

 ゴルファーとも称された。

 

・安田春雄

 国内15勝、海外3勝、豪快な性格と切れ味するどい

 アイアンショットに定評があった。

 杉本英世、河野高明と共に、「和製ビッグ3」と呼ばれた。

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1970年代、日本は高度経済成長期に入り、国内のゴルフ界も

ジャンボ尾崎青木功中島常幸(AON)たちが活躍し

1975年には、日本のゴルフ場数も1000を超え、第二次ゴルフ

ブームが到来しました。

 

そんな時代を背景に作られた曲です。

歌は時代を反映しますね。

 

 

今の時代、こういった曲を作るとしたら

どんなゴルファーの名前を織り込むのでしょうか?